中二病が治らない

そんな私の戯言です

劣等感

寒くなってきたせいか、あるいは日が短くなってきたせいか、ここ1ヶ月くらい気持ちが塞ぎ込む日が多く続いた。

朝起きてベッドでもぞもぞとする時間、アルバイトを終えて家路に着く電車の中、あるいは夜に一人で部屋にいる時間、精神が弛緩した瞬間に負の感情が怒涛のように押し寄せてくる。

劣等感は比較から生じる。特に、多数派の人間が持っていて自分は持っていないものを考えると、どうして周りはみんな満たされているのに自分だけ何もないのだろう、どこか人間として欠陥があるんじゃないだろうか、と一気に自己嫌悪を加速させる。挙句の果ては「何もできない、何も持ってない、こんなクズに生きてる資格なんてあるのか」と自身の存在否定までたどり着いてしまう。
それなら人と比べることを止めればいいじゃん、という話なのだが、ぼくのような劣等感コンプレックスまみれの人間は、上記の思考回路を何百回何千回と繰り返しており、すでに神経回路は足跡で踏み固められてしまっている。
その思考の癖を修正するのは、とてもむずかしい。

 

その日は論文を仕上げないといけなかったから、バイトを入れず一日家にいた。けれどこのままだと鬱々とした感情に飲み込まれて作業どころじゃなかったので、1時間ほど外に散歩に行くことにした。

着ていたセーターにカーディガンを重ねて、さらにその上にダウンを羽織り、初冬の青空の下を当てもなくふらふらとほっつき歩いた。

周りの友達は仕事や研究に打ち込んでいて、プライベートも充実しているのに、自分は何をしているんだろう。というか俺、大学に入ってから散歩しかしてないな。その時間を何か別のことに充てていたら、ずいぶん違ったんだろうなぁ。

 

結局、根っこのところで自分に自信がないから、何をしても満たされないのかな。
いつまでたっても成長しないなぁ、俺。


今回もまた、幾度となく着地したお決まりの結論に茶を濁すのだろうな、と思っていた。

けれど、その日は少し違った。
ほんの少しかもしれないけれど、神経回路のなじみの道から思考が別の道に外れて、思いがけない洞察へとめぐり合った。

線路沿いを歩きながら、ぼくはどうして他人と比較を、それも自分が持っていないものでしてしまうのだろうと考えていた。

優劣の感情は価値判断にかかわる。
自分と他人との差異に劣等感を感じているのは、それが「よくないこと」だと無意識に考えているからではないのか。
なぜ、他人と違うことを「よくないこと」だと感じるのだろう?

例えば、何人かの友人グループの中で自分だけ恋人がいなかったとする。周りはどこにデートに行ったとかそういう話で盛り上がっていても、その輪の中に加わることができない。

そういうとき、輪に加われない自分は「異常」で、恋人とのエピソードを話す友人たちが「正常」なのだ、と認識してしまう。現状が「異常」であるなら、「正常」になるべく努力をしなければいけない。
その試みが成功裏に終われば問題ない。だが、もしうまくいかなかったなら?
結局「正常」になることはできなかった、「異常」なままの自分は、人間として欠陥品なのだ、誰からも好かれることはないんだと、劣等感をさらにこじらせることになる。

 

目的もなく歩いているうちに、湖沿いの公園についた。
高校生くらいから、悩み事があるといつもここに来る。

そうか。
劣等感の強い人間は、条件付きでしか自分を愛せていない。

「自分を好きになるためには、〇〇でなければいけない」

「〇〇をしたら嫌われる(だから〇〇してはいけない)」

そうやって、自分自身にmustの文法で語りかけるから、いつまでたっても自分を肯定できないんだ。
けれど、どうやったらそれを修正できるんだろう?

 

通いなれた思考回路を外れた結果、初めて見る景色に直面した。
大きな湖の岸辺にたどり着いて、水面が風に吹かれさざ波だっている。

向こう岸に新たな問いの答えがあるような気がするが、隔てる水は深く、自力ではどうやってもたどりつけそうにない。

思えば俺の人生、ずうっと悩んでばっかだ。
何か一つ乗り越えたと思ったら、すぐその先に新たな困難が待ち受けていて。
周りの人たちは平気な顔をして乗り越えられるような障害でも、自分はつまずいて必死にもがいて、ようやく抜け出たころには並走していたはずの仲間たちははるか前方に行ってしまっている。

悩んで。吹っ切れて。悩んで。吹っ切れて。
その繰り返しだ。
これからもずっとそうなのだろう。
悩んで、もがいて、全然前には進めなくて、描いた理想には全然たどり着けないまま、大人にもなりきれずに、それでも前へと足を踏み出し続ける。

そうするうちに年老いてきて、何にも悟れないうちに、ある日突然死んで強制的にゲームオーバーになる。

 

北から吹き降ろす寒風に、湖面は音を立てて波を打つ。
指先が冷える。いつのまにか、吐く息は白くなっていた。

なんだ、それならもう迷う必要ないじゃん。

俺は、今のままでいいんだな。