中二病が治らない

そんな私の戯言です

夏の色彩

先日8月1日、関東地方の全域で梅雨明けが発表された。平年より11日遅く、去年と比較すれば8日遅れの本格的な夏の到来だ。

7月はずっと厚い雲が空を覆いっぱなしで、このままずうっと晴れないままなんじゃないかなんて思ったけど、ちゃんと季節は移り変わってくれた。そういえば去年も「なかなか梅雨が明けないなぁ」なんて誰かと話していたっけ。そんな去年より8日も遅かったのだから、今年の梅雨前線は相当しぶとかったのだなぁ、ということがうかがえる。

外に繰り出してみると、目に映るすべてのものが夏の色に変わっていることに気づいた。

空の青、街路樹の緑、夕焼けの赤、ビルの外壁の白、地面に延びる蔭の黒。

 

夏の景色は色が濃い。そしてコントラストが強い。
太陽の軌道の違いのせいか、光の屈折や反射が関係しているのか、それぞれの季節によって見える景色のタッチは少しずつ変わる。春の晴れた日の昼下がりはモネの絵みたいに輪郭がぼやけて見えるし、厚い雲に覆われた冬の日は水墨画みたいに世界から色彩が失われる。
それぞれの季節に固有の美しさがある。

けれど、夏の景色だけが、なぜだか特別なもののように感じられる。

 

2020年はあまりにも多くのことが変わってしまった。
コロナウイルスの世界的な大流行、それに伴う全世界的な経済・社会構造への衝撃。

貧富の差は広がる一方で、人種、信条の違いによる人々の分断はもはや修復不可能なレベルまで深刻化してしまった。

異常気象は年ごとにどんどん増えていって、今年も九州地方などで大規模な水害が起きてしまった。

2020年が特別に異常なのだろうか。いや、たぶんずっと前からおかしかったのだろう。
それがたまたま、このタイミングで世界のあり方を大きく変容させてしまっただけなんだ。

 

今年の夏はいつもと違う。
江の島の海水浴場は今年は開場されないことが決定したという。東京では飲み屋は10時半で閉まってしまうみたいだし、大阪では5人以上での会食が禁止されているという。旅行をしようと思っても多人数でワイワイやることはできないし、第一他者の目線がそれを許さない。
夏フェスも、海外旅行も、夏祭りのりんご飴も奪われた。
ウイルスの蔓延を抑えようと思ったら、人の交流を最低限にとどめなければいけない。
そんな状況で、ひと夏のアヴァンチュールがありうるとは考えにくい。

それでも、夏の日の鮮やかな景色を一度目にしたら、すべてがまぶしく輝く季節の到来を歓ばずにはいられない。
人間の事情なんかお構いなしに、季節はいつものように移り変わる。
世界が未曽有の事態に直面していたって、夏はまるで何もなかったみたいに存在するもの全てを夏の色に塗り替える。

そんな自然の図々しさと力強さに、得も言えぬ感動を覚えた。


無意識のうちに、今年の夏にやりたいことを考えている自分がいた。
いつもの楽しみの多くが奪われたところで、それが何だっていうんだ。人類はずっと、不自由の中で想像力の羽を伸ばしてきたじゃないか。

今年はどんな夏に出会えるだろうか。今から計画を立てなくては。

勿論、ソーシャルディスタンスは守りつつ。