中二病が治らない

そんな私の戯言です

読んだ本 2020年5月&6月

7月になりました。早いもので1年ももう半分が過ぎたとのことで。
月始めということで、前の月に読んだ本を紹介しようと思います。
(ついでに、5月分も紹介しきれなかったので併せて)

 

  1. 『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』ドミニク・チェン

    情報学の研究者で、テクノロジーやメディアを用いて「人と人との新しいつながりの形」を探求する著者の自伝的なエッセイ。
    文章を読んでいるだけでも豊かな知性と鋭い洞察が感じられて、著者が成長するにつれて様々な分野に関心を持つようになる様子を追っていくうちに、自分の世界に対する見方がどんどん広がっていくのが実感できた。
    コミュニケーションを学際的に研究している人物としては落合陽一さんが有名だが、彼の視点はとにかくマクロで壮大、どこか達観的で人性を超越したかのような語り口である一方、ドミニクさんはより人と人とのかかわりとか、人類全体への愛情みたいなものが根底にあるような感じがした。
    ぼくは「ウェルビーイング」という考え方を知った折に著者のドミニク・チェンさんの存在を知ったのだが、彼の価値観や志向を知るごとに共感とあこがれをおぼえ、今では尊敬する人物の一人となった。

  2. 『島とクジラと女をめぐる断片』
    アントニオ・タブッキ
    島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)
     

    大西洋に浮かぶポルトガル領の孤島群、アソーレス諸島を舞台とした数篇の文章を収録したアンソロジー形式の小説。
    著者のタブッキ氏はイタリア人ながら、ポルトガル人の語で自身の小説を執筆するレベルでのポルトガル好き。*1
    「難破」と「クジラ」をテーマにした様々な”断片”を補助線としながら、島の全景を浮かび上がらせていくという読書体験が斬新だった。
    ページを進めはじめはぼんやりとしか知覚できなかった島の輪郭がはっきりしていくにつれて、全編に一貫して流れる「失われるものへの哀愁」みたいなものが感じられてきて、綴られる言葉や情景の一つ一つが味わい深いものになっていく。
    そして、全編を通して流れる愁いのトーンに気づくと、前半の物語もまた違った味わいをもって表れてくる。
    良質なコンセプト・アルバムを聴いているかのような、不思議な感覚を与えてくれる1冊だった。

  3. 『陰翳礼讃』谷崎潤一郎
    陰翳礼讃 (中公文庫)

    陰翳礼讃 (中公文庫)

    • 作者:谷崎 潤一郎
    • 発売日: 1995/09/18
    • メディア: マスマーケット
     

    日本独特の美意識に迫った表題作『陰翳礼讃』などを収録した、巨匠・谷崎潤一郎の随筆集。
    大正・昭和初期に書かれたものであり、当時の生活習慣は現代の価値観からすると同意できないところも少なくはないが、それでも書かれている美意識に共感できてしまうのはさすがだな、と思った。
    しかし、一番共感できたところは「西洋の文化は西洋人に最適化されるよう作られたのだから、東洋人も自分たち独自の文化を醸成させていくべきではないか」という主張だった。
    天下国家を論じるのは自分の趣味ではないが、現代の日本は欧米の後追いをしすぎて自分たちのアイデンティティを見失っているような気がする。
    歴史や文化的背景が違えば「居心地が良い」と思う生活や社会システムも異なるのだから、もっと自分たちに合った形を模索してもいいのにな、なんて考える。

  4. 『世界観をつくる「感性×知性」の仕事術』
    山口周×水野学

    『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などの著者である山口周さんと、「くまモン」のデザインや京浜急行ブランディングなどを手掛ける水野学さんの対談を記録したダイアローグ本。
    「効率と収益性を追求する経営スタイルには限界がきているから、代わりに(個性や存在意義やストーリー性)=世界観を確立させて価値を出していこうぜ」という主張のもとに対話が進み、思考がどんどん深まっていく。
    「世界観」という言葉が大学のゼミの研究テーマであることから、ぼくじしん発売当初から興味を持っていた一冊。ようやく読めた。
    知識と経験を積み重ねたプロフェッショナル同士の対話はこんなふうに躍動するのか、とわくわくしながらページをめくれ、あっという間に読み終えてしまった。
    現実的な利益を確保していきながらも理想を追求していくやり方は口で言うこそ簡単だが、実際に実現しようとなるとものすごく難しいだろう。けれど、そういう企業に心躍らせてしまうのも事実で、ぼく自身も自分の世界観=生き様を体現するような人生にしたいな、なんて思うけれども。どうしたらいいんだろうねぇ。
     

  5. イスラームから見た「世界史」』
    タミム・アンサーリー
    イスラームから見た「世界史」

    イスラームから見た「世界史」

     

    4月の分でも少し紹介した、小アジアインダス川流域にまたがるイスラーム世界「ミドルワールド」*2を中心に展開する一大クロニクル。 
    昨今はコロナウィルスや香港の陰に隠れがちだが、イスラーム世界と欧米社会(とくにアメリカ)との衝突は21世紀の国際政治の一大トピックだ。
    日本はアメリカの友好国であることから、日々のニュースでも敵として描かれることが多く、知らないうちに「イスラム教徒は爆弾をぶっぱなす危険な集団」という偏ったイメージが定着してしまいがちだ。
    一つだけ確かに言えるのは、彼らには自分たちのそれとは全く異なる確固たる世界が存在していて、我々とは異なる世界観のもとで自分たちの「正しさ」を追求しているにすぎない、ということだ。
    それ異質だと言って彼らとは別の「正しさ」で上書きしているうちは、暴力と怨嗟の無限ループから抜け出すことなんてできやしない。まずは彼らの信じる「正しさ」を知る必要がある。
    その上で、本書はうってつけの一冊だ。
    (予備知識なしでも読めるけど、高校レベルの世界史知識があるとさらに面白いと思います。とはいえ、どの分野の書籍にも同じことが言えるんだけれど)

  6. 『私でもスパイスカレー作れました!』
    印度カリー子、こいしゆうか
    私でもスパイスカレー作れました!

    私でもスパイスカレー作れました!

     

    スパイスカレーについて全く知らない人を沼のほとりまで連れていくにはうってつけの一冊。
    マンガ形式で普段本を読まない人にも抵抗が少なく、作画を担当するこいしさんのかわいらしいイラストも相まってポップに読める。
    その上でスパイスカレーに関する知識はシンプルかつ要点を押さえられていて、とっても丁寧に作られている。
    で、そういうお前はスパイスカレーを作ったのかって? 
    それはいいじゃない(笑)

  7. 『夜間飛行』
    アントアーヌ・ド・サン=テグジュペリ
    夜間飛行 (新潮文庫)

    夜間飛行 (新潮文庫)

     

    サン=テグジュペリといえば『星の王子様』が有名だが、うってかわってこの『夜間飛行』はプロジェクトXばりのゴリッゴリのお仕事ドキュメンタリー。 
    もともと著者の本職はパイロットであり、当時の航空機産業や従事者の様子がものすごくリアルに描かれている。
    郵便飛行機が危険視され、動向次第では産業自体がなくなりかねない状況の中で、文字通り「命を懸けて」職務を全うしようとするパイロットたちと、その崇高な使命のために徹底的に私情を殺す支配人リヴィエールの生きざまに、詩的で華美な文体の中にも泥臭いアツさが伝わってくる。
    今でいうとスタートアップの奮闘記みたいな感じなのだろう。

  8. 『夢をかなえるゾウ 文庫新装版』水野敬也
    夢をかなえるゾウ文庫版

    夢をかなえるゾウ文庫版

    • 作者:水野敬也
    • 発売日: 2011/05/20
    • メディア: 文庫
     

     おそらく日本の自己啓発本における最高傑作の一つに数えられるんじゃないか、という一冊。
    読みやすさ、書かれている内容、読書体験のデザイン、すべてにおいて綿密に考えられて設計されている。
    成功したい、自分の夢を叶えたいと思ったら、結局やることはおんなじ。
    いかにエゴを捨てて周りに価値を与えられるか。
    ここにつきるんじゃないか。

  9. 『闇の奥』ジョセフ・コンラッド
    闇の奥 (岩波文庫)

    闇の奥 (岩波文庫)

     

    ベルギー植民地化のコンゴ(ザイール)で、川の上流に立てこもり象牙を集め自らの帝国をつくろうとした男を主人公が見つけ出すまでのお話。
    オーソン・ウェルズスタンリー・キューブリックといった名だたる巨匠が映画化を試みようとしてもそれを退け、フランシス・コッポラが舞台をベトナム戦争に移してようやく形にできた、魔的な魅力を放つ怪作。

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    実写化した結果。緊急事態宣言解除後初の劇場は、コイツを観に行きました。

    著者であるコンラッドは実際に船乗りとしてアジアやアフリカの植民地を訪れており、この『闇の奥』もコンゴ川での航行経験をもとにして書かれたという。
    本作が出版された19世紀末はヨーロッパによる帝国主義が頂点を迎えつつあり、彼らは本気で世界を征服できると思っていたところに、従来の常識や倫理が全く通用しない暗黒の世界を描き上げた衝撃は、今ではとてもイメージしがたい。
    そしてその衝撃は、今もなお効力を保ち続けていると思う。
    確かに、地図上の暗黒は今やほとんど消え去ったかもしれない。大気圏外に浮かぶ人工衛星のおかげで、地球上のほぼ全域が丸裸になってしまったのだから。
    けれど忘れちゃならない。普段は気づかないだけで、ドス黒い闇は日常のすぐ近くで大きく口を開けているのだから。
    差別的な表現がちょっと目立つ上に少し読みづらいかも。
    しかし、それでも著者が経験した深淵、その「ヤバさ」は体感できると思う。

  10. 『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ
    コロナの時代の僕ら

    コロナの時代の僕ら

     

    物理学の博士号を持つイタリア人作家による、コロナウイルスの脅威にさらされた様子を書き記したエッセイ。
    7月に入って気が緩んできたというか慣れてきたというか、とにかくコロナウイルスの衝撃は喉元を過ぎつつあるけれど、3月から4月ごろにかけてぼくらは極めて「異常な日々」に立ち会ったのもまた事実。
    その日々を過去のものとして忘却の彼方へ追いやってしまうのか、それとも言葉にして心の裡に刻み付けておくのか、選択は一人一人に委ねられていると思う。
    それでも、あの時過ごした日々、胸に感じたものを忘れたくないというのであれば、この本を手に取る意義は十分にあると思う。
    忙しくて本を読む暇もないなら、せめて「あとがき」だけでも。

     

  11. 『聖なるズー』濱野ちひろ
    聖なるズー (集英社学芸単行本)

    聖なるズー (集英社学芸単行本)

     

     ドイツに存在する「動物性愛者」の集団とその実態に迫ったノンフィクション。
    読んでめちゃくちゃに衝撃を受けた。脳天がブッ飛ばされた。
    筆者自身パートナーからの性暴力を受けた経験があったことから、セックスとそれに付随する関係性を重要なテーマとして掲げており、ライターとしてキャリアを積んだのちに大学院に進学、文化人類学を研究しているという。
    そうしたバックボーンもあり、一見アブノーマルな世界の住人に対しても真摯に対話を重ね、動物を愛する「ズー」とその実態を明らかにしていく。

    「いい読書体験」とは、読んだ前と後で自分の常識とか価値観だとかがガラっと変わってしまうことだとぼくは思う。そういう意味では、この2か月間で本作以上に「いい読書体験」はなかったと思う。
    「ズー」の人々は動物を性愛の対象としながらも、パートナーと対等な関係であることを強く意識している。
    常識では「ヤバい性癖」と認識される人々が相手を尊重する理想的な性愛関係を築いている一方で、一見「ノーマル」な人でも相手を欲望を満たす道具であるかのように扱うことがみられる。
    何が正常で、何が異常なのだろうか。
    表層だけすくいとって、大事なところが何も見えていないような気がした。
    「ズー」の中には後天的に自らのセクシュアリティーを選び取った人もいるという。実際に著者は文中で一人の青年が「ズー」になっていくさまを見届けており、世間の目に流されず自らの望む選択をしていく人間の力強さもまた見て取れた。
    センセーショナルな煽り文に興味を惹かれて手に取ったのもまた事実だが、ふたを開けてみれば全然違う感想が湧きおこってきた。

こういう「先入観」と「実際の体験」の違いもまた、読書の醍醐味なのかな。

*1:とくに同国の詩人フェルナンド・ペソアをこよなく愛しているという

*2:著者の造語である